【畜】我こそが、我が社のチカラ、貯蓄也。

社畜歴10年だもんで、
だいたい全部署行きました。
社畜歴10年だもんで、
抜かれた後輩幾十人。
社畜歴10年だもんで、
若いつもりがもう30。

黒々とした肥沃の土は、宝物。

「畜」とは、良質な土壌を蓄えること=貯蓄その物を指す。生産力とはそのまま力であり、蓄えの意味にも通じる。

黒々とした土を表す「玄」は、元々は小さな糸の穂先。「よく見えない」ことから、黒い色(見えない色)の意味を持つようになった。

家畜という言葉は、そのまま、その家にある「蓄え」のことが原義だと思われる。

そういう論旨にのっとれば、「社畜」たる我々は、寄る辺たる我が社の礎となり、原動力となることで、会社そのものを直接的に強化している。

そう思えてならないのだ。

ならば我々が、会社の物理的一部である我々が、会社の業績の為に身を粉にして、任務を遂行するのは、当然の事ではないか。

そうに違いない。

古来、祝い事には、家畜を屠り天に捧げ、吉事を祝ってきた。
つまり、家畜は蓄えであると同時に、御馳走であり、食物でもあった。
礼物であり、贈答品ともなり得た。
古の人々にとって、家畜は宝でもあった。

そう、我々は宝物。
尊い存在なのだ。

だからこそ、安売りはしてはいけない。

自分の心身を賭する先は、慎重に選ばなければならない。

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