【死】命つきはて、骨となるまで。

死は苦しみ。
避けて通るべき、災厄。
死は悲しみ。
二度と味わいたくない、悲劇。
死は安らぎ。
僕たちを解き放つ、救いの終焉。

骨を表す「歹」と、横たわった死体「ヒ」からなる漢字。
文字通り、死。

死体が放置され、骨となる様をさす、という、なんとまぁ物騒な漢字。
というか、骨確定な意味合いなのが、ちょっとマジっぽくて怖い。

白骨化するには、1週間は放置される必要がある(地上、夏場)。
「死」とは、屍をさらして1週間放置されるほどの、悲惨な状況である、という事だ。

つまり我々社畜が仕事の量を見て
「うわぁ、死亡確定だわ」
という場合、それは、確定で数日間の不眠不休に近い労働状況と、上司や会社からの「放置」が確約されたことになる。

そう考えて
「死亡」
という言葉をつぶやくと、とても重く、辛い雰囲気が漂ってくる。

この案件を受ける事で、死ぬことは分かっている。
分かっていたとして、私たちにはどうする事もできない。
死亡を回避する事は、到底できないのだ。

そんな、胸の奥がチリチリするような脅迫にも憎悪にも恐怖にも似た感覚に、息が詰まる。

退けば 老いるぞ 臆せば 死ぬぞ!

敬愛する久保帯人先生の名著が頭の中でリフレインするような、心理状態である。

そもそも。
この世の中にはびこる「社畜もどき」のつぶやく「死亡」に、それほどの重みがあるのだろうか。

案件が終わらずとも、責任を取る必要のない人たち。
時間が終われば、自分の責任を果たした顔をする人たち。

そんな「責任感」とも似ても似つかない矜持も持てないような人たちには、きっと我々社畜のこの感慨は、伝わりもしないのだ。

しかし、我々は死の別の一面も知っている。

死は、永遠の終わりであり、永遠の休息である。
確かに、死はつらく冷たい印象があるが、あらゆるものを「終わらせる」事ができる。

その意味では、とても甘美な誘惑に思えてくる。

そう思いながら、時計を見る。

既に18時。
やけに視界がかすむ、夕暮れ時。

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