【忙】心が乱されるほどの多忙。それが社畜戦士の日常。

僕に心はありません。
使い果たして、無くなりました。
皆が幸せになるように、
刻んで砕いて配り尽くして。
だからもう、この胸には、開く心もありません。

忙しすぎて、まともな心じゃいられない?

「亡」は、人を「ついたて」で隠すことで「無くなる」の意味。
心がなくなる、とは、あれこれと気を取られて「気持ちが落ち着かない」事を指す。

我々社畜が「忙しい」と感じるとき、確かにその心は上の空であることが多い。

いや、心の中では落ち着いているし、脳の中もギャンっギャン高速回転をしているはずなのだが、どこか宙に浮いているというか、地に足がついていない感覚がしてしまう。

その結果、うっかりと作業や手順を取りこぼしてしまうのである。

勤務8時間が経過した後の我々社畜の精神状態たるや、まさに「心が無い」、まるでロボットのような無心だったりもする。

そんなこともあってか、我々のような社畜には「人の心が無いのか」という批判を受ける事もしばしば。

やれ、
「休みに出勤してくるなんて、センパイ、社畜っすか?」
やれ、
「毎日遅くまで仕事してるなんて、まるで会社が恋人みたいですね(悪意)」

分かってる。

私たち社畜のそのふるまいが、第三者からみたら異様である事は十分承知の上だ。
何も、私たちだって好き好んで休日出勤しているのではない。
会社と心中しようと思っているわけでもないのだ。

しかし、私たちはそんなお気楽な事も言っていられない。
私たちは、我が同胞たる「会社」に与えられた職務を、全うしなければならない。

その為には、感情などは不要なのだ。
そう、感情があっては、私たちの務めは果たされない。

心など持とうものなら、
お昼時間は60分きっかり社外に出るようになり、
15時を過ぎると、時計が気になり始め、
定時帰宅する人たちに心は乱され、
仕事どころではなくなるのだ。

そう、私たち社畜は心が無いのではない。
心など、不要なものは、捨てるしかないのだ。

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